従業員意識調査・モラールサーベイについて

モラールサーベイ モラル君Vは2000年より中小企業大学校の後継者コースおよび中小企業診断士養成課程を中心に活用されてきました。それ以外にも個別中小企業より委託を受けてソフトを提供することをしてきました。

2021年 3月 モラル君W指標値更新版が完成しました。

2018年 企業診断 3月号にモラールサーベイの診断手法を寄稿しました。

2019年には、青森県より委託を受けて、中小企業の組織診断を致しました。

背景

組織診断の手法としてのモラールサーベイ(従業員意識調査)は、潜在的な組織の問題点をあぶり出すためにとても有効な手法です。

モラールサーベイとは

人事労務に関する診断では,人事組織を運営する全ての要素に関して網羅して診断する必要がある.具体的には次の4つの観点で診断する.

1つ目の視点 人事制度

人事制度に関する診断では,従業員の給与がどの様な要素で構成されているかを判断するための賃金体系や,人材登用,配置転換,昇進昇格,昇級昇格などを決定するための人事考課制度がどの様になっているかということも調査しなければならない.従業員が業務のレベルをあげるために実施している教育制度や,教育体系.従業員が様々なスキルを付けながら将来目標とする職種に就くためのキャリアパス体系などについて調査する必要がある.

2つ目の視点 労働条件

労働条件に関しては,最も基本的な労働契約に規定されている内容を把握して,労使双方に納得できそうなものかどうかを判断する.多くの企業では就業規則が存在するので,就業規則の内容を確認しておく.従業員に確実に配布されているかどうかについても確認しておく必要がある.賃金レベルに関しては,地域の最低賃金に対する比較をすることや,同業他社の賃金水準と比較しておく.また,社内の福利厚生制度として,どの様な制度があるかや,どの様なイベントを実施しているかということも把握しておく.その他,従業員の労働している場所の気温や明るさなどの作業環境についても把握しておく.

3つ目の視点 人間関係

人間関係では,経営トップ層やヘッドクォーターのリーダーシップが十分に発揮されているかどうかや,管理者層のマネージメントが発揮されているかを判断する.会社内での人間関係が円滑にいっているかどうかや,人間的な信頼関係が構築されているかを判断する.また,会社内の組織がどの様に区分されているかや,それぞれの力関係や親和度などについても,把握する必要がある.同時に管理の階層が何段階に別れているかなどについても調査しておく.

4つ目の視点 労使関係

労使関係では,労働組合の存在や,会社と労働組合でどの様な労働協約を結んでいるのかということについても確認する.労働組合と会社との信頼関係が構築されているか等を把握する.

上記の様な視点で分析するのであるが,人間関係の診断をする手法のひとつにモラール・サーベイがある.職場の人間関係を中心に調査しようとする手法である.ここでは,モラール・サーベイについて具体的に説明することにする.

企業の経営資源は,人・物・金・情報の4つといわれるが,販売・生産・財務・情報を運用するのは人である.従って,経営者と従業員の資質と集団のチームワークのいかんが企業の業績を左右する.

モラール・サーベイ(従業員意識調査)は,経営の活力左右する人的資源すなわち従業員の意識を定量的に分析・評価し,経営風土・組織や労務管理の長所と問題点をつかむ手法である.人的要因の診断は定量化しにくいが,財務診断における経営比率分析のように客観的・定量的に測定しようとするのが意識調査である.

経営者にとっては,従業員がどんな気持ちで働いているか,本音を知りたいという期待があり,従業員にとっては意識調査で自分の気持ちを表し,集団としてどんな結果が出たか,問題点に対してどんな改善案打ち出してくれるかという期待がある.

的確な調査と分析の結果からなされる報告は,とかく冷たく一方通行的になりがちな労務管理に血を通わせ,組織活性化とモラールの向上に貢献するものである.

第1章モラール・サーベイの定義と目的

1.モラールの定義

モラール(Morale)の定義づけには,数多くのものがあるが,その代表的な定義は「集団のメンバーが協働を通して人間的満足を得,その集団に帰属することに誇りを持って団結し,共同して目標達成に努力しようとする心的態度」をいう.(経営学事典 占部海道編,中央経済社)

このモラールを,ごく単純に言えば,「皆が気を合わせて何かをやる状態」である.グループが形成され,その構成員が一致協力して共通の目標を達成するために努力している「グループの状態」のことである.

モラールを定義する際の要件は,

@集団概念であること.

Aグループに共通の目標が存在すること.

Bさらにその目標の実現や追求のためにグループの構成員の気持ちが一致していることである.

科学的管理法では,賃金や休憩時間などの作業条件が生産性の決定要因と見なされた.ホーソン実験を契機とする人間関係論において,生産性はモラールという従業員の心理的態度により大きく依存することが実証された.

その後,行動科学の発達にともない,人間の行動の動機を説明する「モチベーション理論」が研究され,今日ではモラールに変わって,モチベーション研究が盛んに行われている.

従業員の労働意欲構成する要素としては,第一の要件としてモラールの大きさがある.しかし,モラールが高くても実際に携わっている特定の職務そのものに熱意を持つとは限らない.現実に高い生産性を発揮するかどうかは,労働力の質的大きさと,その企業や職場へのモラールの大きさ以外に,個々の従業員の「やる気」を引き出すことである.これがモチベーションである.

つまり,モラール(職場の士気,勤労意欲)は集団目標達成のための協力度,満足度という外に向けてのエネルギーの方向性であり,モチベーションは生きがい,働きがいといった個人の内的原動力,エネルギーの強さである.

2.モラールサーベイの歴史的変遷

モラール・サーベイを初めて提示したのは,アメリカのJ.D.ハウザーであると言われている.彼は1920年代に面接法によるモラール・サーベイを実施している.

我が国では,日本労務研究会が,第2次大戦後シカゴのサイエンス・リサーチ・アソシエイツのSRA調査法に着目し,ガードナー,ハーンズ両教授の了解を得て,SRA調査法を改善して,昭和30年(1955年)に標準化したものが「NRK」方式として知られている.

また,労働省では,「労働省方式中小企業モラール・サーベイ」として「中小企業従業員態度測定」の名称で,昭和32年(1957年)に始められた.これは,当時労働争議が多く,労使関係を安定させ,労働紛争を未然に防止するために,労務管理の改善に取り組む際に準拠すべき客観的な資料を与えるべく開発された.

その後,高度経済成長にともない労務管理観の変化に合わせて,「働かされる管理」から「働く意欲を動機づける管理」への対応として,より有効なモラール・サーベイが求められ,昭和54年(1979年)に「中小企業労務診断」と改訂された.更に平成2年(1990年)に高齢化や女性の職場進出等による労働力の変化やOA化の進展,時間短縮の推進等の職場環境の変化に対応して,コミュニケーションをベースとした「社内コミュニケーション診断(RCS)」に再改訂されている.

その他,労働科学研究所方式(労研方式),世論科学協会(YKK方式),大阪府立産業能率研究所方式などが各機関で実施されている.

3.モラール・サーベイの目的

企業の業績は,次の諸要因により左右される.

@トップのリーダーシップ,それを具体化した経営計画・方針・目標の適否

A経営の組織・構造・管理制度の適否

B従業員の積極的意欲と活動力の有無

これらの諸要因のうちBの阻害要因として,

・社内のコミュニケーションが悪い.

・上司と部下や同僚とうまくいかない.

・企業に対して信頼が持てない.

などがある場合は,これらの障害を取り除くことが,業績向上の鍵となる.このために,良好な職場環境を作り,人間関係を改善するには,従業員のモラールの実体を知る必要があり,この目的のために,調査することがモラール・サーベイである.

従って,モラール・サーベイを実施する目的は「従業員一人一人にその心情を問い,その反応を分類・整理して,職場の士気と勤労態度を推測し,評価して職場などの改善向上対策の資料を得ること」である.

4.モラールの構造

モラールは,「集団への帰属意識」とか「集団への忠誠心」という意味であり,この集団との係わりからモラールを大別すれば,次の3項目に分類される.

(1)経営モラール(経営全般)

(2)工場モラール

(3)職場モラール

モラールを形成する要因は,@人間的要因 A職務的要因 B環境的要因の3つが挙げられる.

これらの要因は,相互に影響し合いながら,総合的にモラールに影響するので,自社では何が充足し,何が不足しているのかをシステム的に分析することが必要である.

製造業の加工現場における士気と勤労態度は,流通業の営業現場とは異なっている.仕入商品を販売する流通業においては,商品・顧客の変化に対応して営業する営業マンの資質・努力による個人技が主体であり,チームワークより個人の業績が重視される.

製造業では,製造指図書で指示された加工の繰り返しを,工程ライン毎に同じ機械と仲間で実施するのが一般的である.生産効率を左右するのは,工程管理の適否と所属ラインのチームワーク並びに前後工程の協調であるから,個人技を活かすケースは少なくなる.

・製造業における調査目的とモラールの要因の考え方

これからの製造業は,投下資本に相応するか,それ以上の高性能な機械をなるべく少数の従業員で,効率良く長時間運転する事が,生き残り繁栄する手段である.本来,保守的で消極的な工場従業員をどのように活性化しているかを知るのが製造業のモラール・サーベイのポイントである.目的と方法の関係は,

@工程改善の調査目的の場合は工場モラールに重点をおいた調査をする.

A管理体制の改善が目的の場合は,経営モラールに重点をおいた調査とする.

Bいずれの場合も,管理者・監督者の評価に必要な現場の意見調査が必要である.


留意点

モラル君Vでは、2点の留意点がありました。

回答者が2名以下のデータを個人の保護のために開示しないこと(集計表や集計結果のグラフから、回答者が2名以下の場合はその都度手動でデータを削除する必要がありました。)回答者数が2名以下の集計結果については、一方の回答者が自己の回答結果を知っている訳ですから、2名の平均値が示されれば、他方の回答結果を正確に知ることとなります。従って機密が守られないことになります。

全国平均の指標に比較して判断するということです。(どちらでもないや普通と答えたことが普通とは限らないため、全国平均と比較しながら最終判断をする必要がありました。)

これらの留意事項を解消するために、バージョンVを大幅変更を実施して、2019年5月にモラル君Wにバージョンアップしました。

モラル君Wでは、その比較する判断を簡素化するため、平均値と標準偏差を用いて偏差値を算出して示しています。同時に、回答者が2名以下の場合はその集計表示やグラフが自動的に表示されないように変更しました。(ただし全平均の結果にはデータ上反映されています。)

偏差値の算出方法については、学力の偏差値と同じ算出方法です。念のためその算出方法を以下に示します。

Y : 偏差値

x: 今回の平均値

μ: 21483人の平均値

σ: 21483人の標準偏差

これにより、スコアが50点であれば、平均的な値と言えます。

+−ともに、50から10点遠ざかると、最上位又は最下位から18%の範囲にある。

同様に50から20点遠ざかると、最上位又は最下位から5%の範囲にある。

加えて50から30点遠ざかると、最上位又は最下位から0.3%の範囲にあるということになります。


余談(サンプリング数がnの集団の偏差値について)

上に示した偏差値の考え方は母集団の中の1データに対しての評価方法として使われて居ます。モラールサーベイでは、同一企業内の複数の従業員に対する平均値を使って評価する手法なので、そのままこの式を使うと、サンプリングする回答者が増えてくると徐々に平均値に近づきます。社員数の多い企業の集計結果では、母集団の平均値に近づいてきます。肯定的な意見が強くても、否定的な意見と平均化されるため、特徴が出にくくなります。そのため、品質管理の検定の考え方を適用して、サンプル数の重み付けをすることが妥当と考えられます。この考えから偏差値を算出する場合は以下の様になります。

  

nは社員数

xは診断企業の平均値

μは全国平均(母集団)の平均値

σは全国平均(母集団)の標準偏差

実際にこの考え方を適用して集計分析を行ってみました。その結果、100人を超える企業のモラールサーベイのいくつかの質問項目がマイナスになってしまったり、100を越えることが発生してしまいました。そこでn=1として偏差値表示をする方が現実にあっていると推定されます。

統計理論と現実のデータ分析との矛盾について

統計理論では、母集団からN個のサンプルを抽出して、その平均値が母集団と異なっているかの検定をする場合には、前記の様にサンプル数の効果を判断に加えます。このときのデータは計測出来る連続数で得られた場合です。しかし、モラールサーベイで得られるデータは、1から5までの整数のアンケート結果です。この点に適用上の誤りがあるのかもしれません。アンケートの回答の言葉を設計する場合、その度合いを数値で集計することになります。本来であれば、言葉の等間隔性を証明しなければなりません。しかし、現実にことばの等間隔性証明するのは容易なことではありません。また集計上でも官能評価の数値をこのままデジタル値を使うことに問題があるかも知れません。当面は、現実的感覚に近いと考えられるn=1の場合の偏差値計算を適用することが暫定策としますが、故田口玄一先生の実験計画法の中に官能評価の場合の分析の方法の記載があったという記憶があるので、並行して研究していこうと思っています。